19 技術移転の意義と形態 

イグレン 加藤 文男

 既に記載したように海外調達、海外生産は、技術移転から始まった。今回は、海外調達の初期段階の技術移転についてその意義、形態や経過などを整理しておく。

1 技術移転の意義
 技術移転とは、「国籍の異なる企業と企業との間で行なわれている技術の交換、移転、吸収などの関連ある経済活動」といわれ、一般的に海外との技術移転を言う。その対価として、技術料(ロイヤリティ)を受け取ることが多い。この場合の技術とは、特許権,実用新案権、商標権、意匠権、設計図、青写真、製造図面、製造技術、生産管理技術、品質管理手法などが含まれる。さらにこれを進めた、「工場を設置し、関連機器を設備し、運転し、工場運営までできるような、技術やノウハウのすべてを含むプラント輸出」もある。
 直接投資を伴う技術移転は、貿易摩擦を回避するひとつの手段として先進国に対して行われた。日本企業が米国や欧州における現地生産の一つ前の段階であった。

2 技術移転の形
 技術移転の形は、移転先の技術のレベルにより様々である。生産工場のラインのレイアウトや設備機器の設計、選択、使用方法の指導が必要となる場合もあるが工場や製造設備を有する場合は、固有の技術や管理技術の指導で高品質の製品や部品の生産が可能となる。
(1)技術供与
 技術供与は、書類や図面、各種ドキュメントの形で供与されることが多い。具体的には、特許権や実用新案、商標、意匠、設計図、製造図面などである。また、製造技術などは、生産用設備や機械として販売し、設備や機械の説明書と共に供与する形となる。
(2)技術指導
 技術の内容には、書類や図面に表現しにくいノウハウがある。この技術内容は、研修生を派遣することにより、指導伝達する方法や技術者を指導講師として招聘し、説明や講義の形で伝達する方法がある。また、指導の形は取らないが、製造現場の状況を見学する形での技術移転も含まれる。(3)プラント輸出
 石油プラント、淡水化プラント、化学製品プラント、製鉄所、紙パルプ合弁事業など、工場を建設、設置し、関連機器を設備し、運用できるまでのすべてに関して日本企業が責任を持つ、フルターンキーベースのプラント輸出の形となる。

3 生産形態による技術移転
 技術移転は、板金、プレス部品、印刷物など機構部品から始まった。設備を導入し、金型も比較的容易に対応できた。次いで樹脂成型品、アルミダイキャスト最後に電気部品、電子部品と進んだ。
(1) 原材料(部品)の海外生産
 海外生産における技術移転の最も簡単な形は、海外からの部品購入である。現地に存在する部品メーカーから完成品に大きな影響を与えない機構部品から始めた。例えば、樹脂成形部品、板金部品、プレス部品、印刷物、アルミダイキャスト部品などであり、これらの実績を踏まえて 電気部品の抵抗、コンデンサ、コイル、トランス、スピーカなどに拡大した。このような形で開始した海外部品の海外からの購入も、1986年の急激な円高は、日本メーカーの価格競争力への危機感は満足できなかった。
 この海外調達による技術移転は、外観形状、仕上げの精度の向上など、採用できる部品の出来映えなど基本的な品質レベルの指導であった。良い品質を生産するには、まず、美しく清潔な製造環境を工場に要求し、整理、整頓、清掃、清潔、躾の5S運動から入った。また、納入される不良率を下げるために、品質改善や良い品質を維持継続するために品質管理の導入を指導した。日本国内への輸入促進のために精度の高い加工方法や製造設備を紹介し、これらの設備の購入を勧めた。三次元測定器の導入はこの時期に開始された。この時期の技術移転は、日本市場を考えた良い品質の部品を製造するノウハウの移転であった。
 1990年代に入って部品工場に対して各種樹脂材料、カラー鋼板、塩ビ鋼板などの新しい材料や軽量化の技術、樹脂へのアルミ蒸着など新しい技術の移転を実施した。更にコストダウンのための生産技術や製造技術の導入も図り始めた。この指導のために、生産技術の専門家の派遣し、VEやVAを直接指導する企業や納期の短縮と納期管理のために、生産管理の手法を指導することも必要になった。
 これらの技術指導に対しては、部品を安く購入できるメリットがあり、技術指導料やロイヤリティは要求しない企業が多かった。
(2) ユニット品、半完成品の海外生産へ
 原材料(部品)単体の調達から、電源ユニット、ACアダプター、プリント基板ユニットなど、比較的簡単な組み立てや配線を含む構造のユニットや半完成品に移行した。
 ラジカセなどは、乾電池とAC電源両用の機器となり、ACアダプターが付属品として必ずつけられるようになった。これらのACアダプターは、ほとんど、東南アジアを中心とする海外メーカー製のものに替わっていった。
 部品やACアダプターなどがある程度良い品質で、調達可能になると、これらの部品を応用して、ユニットや製品など完成品の組み立て、配線などを行う工場へと関心が移ってきた。そして、組み立て技術、配線技術、調整技術など技能的内容を含む技術移転が行われ、完成品を現地生産し、輸入する形に拡大した。組み立て配線工場では、トランジスター、IC, LSIといった半導体電子部品が多数使用され、これらの部品の静電破壊防止として、床上のアース盤やアース用腕輪、半田こてのアースなど不良率を下げるための製造上のノウハウも数多く移転された。
 不良率の低減と品質を維持向上する為に、簡単な統計的な手法を用いた品質管理技術の導入と指導も欠かすことの出来ないものとなった。その上、さらに高度な製品を生産する為の生産設備や生産技術の導入が必要になり、納期通りに生産する為に生産管理に関する手法へのきめの細かい指導に発展した。台湾や香港、シンガポール、マレーシアの企業では、この指導を受けて技術レベルを上げた企業は少なくない。
 この場合も、調達者が安く、品質保証された部品を購入できるメリットを享受したため、技術指導料やロイヤリティはほとんど要求していない。
(3) 製品の海外生産へ
 円高傾向がさらに継続されると、部品やユニットの調達だけでなく、製品そのものを海外で生産しないと価格競争に勝てなくなった。海外生産は、ラジカセなどのオーディオ機器、テレビ、炊飯器、アイロン、扇風機、電話機などの電気製品やカメラなどあまり高い技術を必要としない電気機器製品から始まった。
 安い労働賃金による新しい設備を持った工場に資本を投資し始めた。日本企業の海外生産への本格的な移転である。この段階になると、新しく建物も作り、日本の製造工場と同じレベルの生産ラインと設備を持った生産工場を建設し始めた。
 この形は、海外企業への技術移転ではなく、国内工場から日本の海外工場への企業内の技術移転であった。工場のレイアウトや製造設備、測定機器、基本構想はすべて日本の技術者が行ない、設計された工場を建設することになる。この段階では日本へ作業者のリーダークラスを呼び寄せ、訓練し、生産開始時期には、日本から指導者を派遣し、製造するためのノウハウの技術移転も実施された。作業用のユニホームや作業用の靴まで日本のものを使用し、日本の工場とほとんど変わらなくなった。これらの工場では、品質管理、生産管理、生産技術、製造技術など全ての面で日本と非常に近いレベルで生産が行われ、品質も保証された。この段階になると、現地での販売や日本以外第三国への輸出の比率が大きくなる。日本国内へ輸入では安く購入できるメリットはあるが、第三国への輸出はメリットがない。従って、技術指導費を回収する手段として、海外工場へ技術指導料やロイヤリティを設定した。生産金額や生産数量に見合ったロイヤリティや技術指導料である。(4)プラント建設による技術移転
 もう一つの形が、製造プラント(工場)を建設しての技術移転であった。石油精製プラント、淡水化プラント、化学製品プラント、製鉄所、紙パルプ製造など工場を建設し、関連機器を設備し、工場運営のノウハウまですべてを含むフルターンキーベースのプラント輸出まで進められた。この場合は、工場の立地条件の調査から、これに付属する、付帯設備全体を包含する技術移転となる。建設する土地のフィージビリティスタディから、工場レイアウト、生産設備、生産管理、品質管理、そして、工場運営のノウハウまでの技術移転をし、販売まで結びつける。
 この段階では、それぞれのプラントにより、固有技術や管理方法が異なり、この場合の技術指導料やロイヤリティは、建設設備の価格に付加する方法、生産販売に見合ったロイヤリティなどそれぞれの契約内容により決定された。

参考文献
国際ソーシング管理テキスト 産能大学出版

掲載日:2016/09/16

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