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アルメニア共和国の中小企業振興支援

〜アルメニアと隣接国との関係〜

 アルメニアは、周辺を4カ国と接している。1991年まで旧ソ連邦にあって、国境はイランとトルコだけであったがソ連邦の崩壊により、国境ができてしまった。民族問題が影響して関係も良くないだけに周辺を海に囲まれた日本とはたいへん異なる。
 地理的には、北にキリスト教(グルジア正教)のグルジア共和国、東側はアゼルバイジャン共和国(イスラム教)と接している。南側には、イラン・イスラム共和国(イスラム教)、西側は、トルコ共和国(イスラム教)と接している。周辺は北のグルジアを除きイスラム教を宗教とする国々に囲まれている。
1 アゼルバイジャン
 アルメニアの東側は、アゼルバイジャン共和国である。国境としては最も長い。アルメニアの南西部にもアゼルバイジャン領ナヒチエバン自治共和国が飛び地としてある。アゼルバイジャンの南東部山岳地帯には、アルメニア人がたくさん住んでいる地域ナゴルノ・カラバフ地区がある。アルメニアの地図には、ナゴルノ・カラバフ地域を含む山岳地帯を自国の領土として入れてある。このアルメニアの地図でもナゴルノ・カラバフ地域は、色分けしてアゼルバイジャン共和国の中の飛び地のようになっている。この地域のアルメニア人は、アルメニアへの帰属を要求し、独立を主張しており、紛争が絶えず、これが「ナゴルノ・カラバフ問題」といわれている。ナゴルノ・カラバフ地域は、古来アルメニアの領土であったらしいが、ソ連邦が民族協調の名の下にアゼルバイジャンに編入した。ナゴルノ・カラバフ地域では、アゼルバイジャン人からアルメニア人への襲撃事件や迫害が続いている。アルメニアとアゼルバイジャンの相互の飛び地がこの地域の紛争の種であり、2国間の複雑な関係を示している。
 1930年〜1950年にかけてソ連のスターリンが民族融和を図るために民族を強制的に移住させた。このほかにも黒海北部から現在のタジキスタン共和国へアルメニア人やブルガリア人を強制移住させ、キエフ北部からドイツ人をアルタイ共和国へ移住させてもいる。樺太やソ連東部より朝鮮人を黒海近くへ移住させてもいる。このように旧ソ連邦内では、このように各地で民族問題として存在している。
2 トルコ
 アルメニアの西隣はトルコである。トルコとはジェノサイド問題があり国交は開かれていない。アルメニア大虐殺ジェノサイドは、今から90年前にオスマントルコ帝国がアナトリア半島の東部に住むアルメニア人の大虐殺を実施したといわれる。犠牲になったアルメニア人は150万人とも200万人とも言われている。(アルメニア政府の公式発表は150万人という)トルコはこの大虐殺を認めていない。この経緯もあり、アルメニア人は、トルコ人を許していないとされ、国交を持っていない。国境には鉄道があるが開通されていない。
 2005年4月24日アルメニアのジェノサイド記念碑において「アルメニア大虐殺」90周年を記念して犠牲者への追悼式が盛大に行われた。
3 グルジア
 最も良い関係を保っているのは、北に位置するグルジアである。従って、海に面していないために空路以外で国外に出るためには、良好な関係にあるグルジアの方を経由しなければならない。グルジアは、鉄道及び道路が開通している唯一の国であり、陸路での貿易は、ほとんどがグルジア経由である。しかし、これを見越してグルジアは、通過する物資に対して税金を課しており、これもアルメニアにとって貿易のひとつの障害になっている。
 黒海に面するグルジアの港バトーミを経由して、地中海を経て運搬される。
4 イラン
 国境線は、わずか35km。鉄道もなく、道路だけである。首都エレバンからイラン国境までは、山岳地帯を経由しており不便である。イランへの直接輸出は別として、イランを経由した海外貿易を行うには余りにも不便である。
2006年6月13日
加藤文男
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